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第855回!!あるじなきものたち(その5=小松市尾小屋、昭和歌謡喫茶水芭蕉)



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毎度おなじみ流浪のブログ、
貧乏学入門へお越しくださいまして、
誠に誠にありがとうございます!!


もう、忘れられてしまったかもしれませんが、
あるじなきものたちという書庫を作りました(3年前ですが・・・笑)
なのにまったく更新しておりませんで・・・・2年ぶりの記事になりますが、ネタは豊富にございます!!


ってなわけで忘れた頃に反転攻勢(なんじゃそりゃ)
いつもながら、勝手気の向くままなれど・・・・って感じで更新させていただきます。


今回は、
小松市の尾小屋にある昭和歌謡喫茶水芭蕉を総力取材(笑)いたします。


とかなんとか言いつつも、住んでて良かった西尾の里に・・・・からのスタートなのですが、
この西尾集落、小松市にある尾小屋鉱山への道沿いにあったんですが、
小さいながらも西尾八景なる観光の目玉?がありました!!

さてさてお立会い!!
いち集落にして日本3景に勝てるか!!

無茶振りはここまでといたしまして、
西尾八景の中でもかなりの景勝地と思われる十二ヶ滝だけじっくり見てきました。

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どうやら昔からこの地は水芭蕉自生地として有名だったようです。

ってな前振りで・・・・・本日は、
まさかの昭和歌謡喫茶水芭蕉へ繋げようって魂胆なわけです。


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渋い看板です。
どういうわけなんだか、手入れされてないことが逆に渋さを醸し出しております。


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十二ヶ滝です。

前座がトリを食ってしまうってこういう事を言うのでしょうか?
かなり綺麗な滝です。
行って撮影したのはもう3年前なんですが、天気のいい日で、
犬が放されて走り回ってました。
写真には上手く写せなかったけど、虹が出てました。


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さらに車を進めると、
尾小屋集落にある白山神社(郷社?)があったんで、簡単にお参りをば。

今は亡きワゴンR号が懐かしい一枚です。
今の車(愛称うみねこ号)も面影はそっくりなんですが・・・・・(笑)


石垣が独特な神社でした。

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ってなわけで寄り道したあと、
尾小屋鉱山にたどり着くんですが鉱山跡で見たことを記事にしてしまうと
もう完全に脱線してしまいまので、今回は省略させていただきます。


かつては鉱山が栄え、
鉄道で結ばれて豊かさを謳歌した尾小屋。

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今回は、別ルートの記事で参りたいと思います。


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で、尾小屋にて偶然遭遇したのがこのお店。
見た感じそんなに朽ち果てている感じではないのですが、
玄関、窓、入り口の全てが管理されておらず吹き抜けと化しております。


そのため今回は、緊張ものの
たったひとりの潜入取材となりましたが、
自分の場合、
入るときは一礼、中の物品には一切触れない、
万が一関係者の方から指摘ありましたらブログ内、
当記事は公開禁止もしくは削除等、
覚悟して更新致します。


ですので、当記事をご覧になってのご訪問はくれぐれもなさらぬよう、
この場を借りてお願い申し上げます。


できれば、関係者の方が見ても懐かしく思えるような記事にしたいと思ってはおりますが・・・。

(また、場所等はいかなる事情とてお伝えできません)



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横から見た感じは、なんだか味のある静かな田舎の家って感じなんですが、
中は完全に時が止まっております。


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その名は、水芭蕉。
看板を見るからに喫茶店かと思われます。


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ホコリと落ち葉が散乱するカウンターの上には新聞が置かれていましたが、
新聞にはチラシが挟まったまま。
おそらくこの日を最後に新聞はストップし、
この新聞は誰からも読まれなかったのではないかと思われます。

日付は平成7年の9月。
20年前には既にまちがいなく閉店しているものと思われます。



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ただ、見た感じだと、床が腐って畳が落ちたりもしているので、
もう20年どころではないような気も少々します。


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この年代物の電子レンジには驚かされました。
外国製?
この古さからみて相当年代物の逸品ではないかと。

なぜだかレンジの周りには醤油キャップが多く置かれています。


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この看板!!
なんとカウンター上に掲げられているんですが、
この店の看板メニューはまさかのエビピラフ!!
(しかも漢字・・・・笑)


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店内に散乱するファンタの瓶がこれまた昭和仕様なのですが、
中央にステージがあります。
またこのステージの手つくり感がいい味出していて、
おそらくここは昭和歌謡喫茶ではないかと・・・・・勝手に判断しております(笑)



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♪また更新するから懲りずに見に来てね~



ってな感じで尾小屋集落を後にしましたとさ。



おしまいおしまい。



ではでは~。


*ユーチューブ投稿元のheizou62 様に心から感謝いたします。

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第471回!!あるじなきものたち(その4)高岡伏木=野良猫銀座)

 
 
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あるじなきものたちのコーナーです。
 
今回は、昨年秋に散策してきた町なのですが、
富山県高岡市の、伏木からお送りいたします。
 
 
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伏木は、
富山県第2の都市である高岡市内の富山湾岸に位置する港町で、
かつて、もう今から1000年以上前、
越中の国の国府がおかれていた地として知られており、
当時の国司が、百人一首に名を連ねる大伴家持(おおとものやかもち)であることから、
昔から栄えていた事がうかがえます。
 
 
 
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JR伏木駅前にある、大伴家持像です。
(郵便ポストも、またこの地の風景印も大伴家持仕様です)
 
 
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また、伏木には如意の渡しという渡し船を出していた場所があります。
 
ここは小矢部川の河口付近で、
かつて源義経一行が、心の狭い兄(源頼朝)の謀略にて追い詰められ、
奥州藤原氏を頼りに、北へ北へと逃避行してた時、
危うくも義経の正体が見破られた中、弁慶が機転を働かせ、
扇子で義経を叩くといった場面で有名な地です。
 
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なんですが・・・・・・・・・
今回の主役は大伴家持でもなければ、
源義経でも、武蔵坊弁慶でもありません。
 
 
詳しい場所は申し上げられませんが、
この伏木の某所に、野良猫達がひっそりと暮らしている、
人があまり来ない一角があります。
 
 
野良猫銀座という名称は、当地にはありません。
勝手ながらに、そう名付けてみました。
 
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なので、今回の記事においては、
あるじなきものたち=飼い主のいない伏木の野良猫たちとなります。
(飼い主はいませんが、野良猫たちには家族はおいでと思われます)
 
 
 
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うまく撮れなかったのですが、
猫たちはやや警戒気味で、ある一定の近さまで寄ると逃げていってしまいます(汗)
 
また、写真には撮れなかったんですが、
カルガモみたいに、親猫について歩く仔猫のコンビも目撃できました。
 
 
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尻尾がものすごく長い猫。
猫はきれい好きなので、暇さえあれば毛繕いをするため、
野良猫といえどもオシャレなヤツだっていたりするものです。
 
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なんだか、憂いのある表情をした猫が多かったです。
日々の暮らしが大変なのかもしれない。
 
家猫15年、野良猫2年と聞いたことがあります。
挫けずにがんばれよ。
 
 
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いや~、しかしなかなか上手には撮れないものです。
 
 
ではでは~。
 
 
 
さときゅう
 
 
 
*ユーチューブ投稿元のautoxp034様に心から感謝いたします。
 

第445回!!あるじなきものたち(その3)能登金剛=能登二見茶屋

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久々の更新ではございますが、
あるじなきものたちのコーナーです。
 
 
前回の記事から既に1年ほど経過しちゃっておりますが、
今回は、再び能登半島です。
http://blogs.yahoo.co.jp/satokyu2006/63934808.html ☚その1、能登鉄道蛸島駅の記事です。
http://blogs.yahoo.co.jp/satokyu2006/63940395.html ☚その2、能登鉄道鵜飼駅の記事です。
 
 
 
今回の場所は石川県志賀町にある能登金剛。
松本清張の作品、ゼロの焦点などでも有名な場所ですが、
よくドライブでも行くこの地にて、あるじなきものを発見しました。
 
 
かつては有名だった観光地と思われる、
能登二見です。
 
 
二見が浦と似ている風情があって、
これまた荒海の日本海とあい重なって絶景なんですが、
この二見茶屋のある場所が旧道で、
その横に新しい新道が出来た経緯があるようで、
廃れてしまったドライブインです。
 
 
なので、今回の記事においては、
失われたあるじ、すなわち二見茶屋の経営陣となります。
 
 
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愛車のワゴンRは一応、まだ健在にございます。
近頃、エンジン音が微妙なもので、ちと心配。
 
 
 
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正式名称は機貝岩(はたごいわ)。
二つの島にしめ縄が施される夫婦岩って感じの外観です。
 
 
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こんな感じで、無料休憩所二見茶屋は時間の流れとともに風化して行ってる感じでした。
玄関マットらしきものも、潮風に煽られてか金属部分から錆びてこの有様です。
 
無料休憩所の文字も剥げてきてました。
 
 
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それどころか、窓が開いてるというこの状況。
野良猫でも住み着きかねないこの佇まい。
 
 
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警察官たちより所。。。。。。だったらしいです。昔は?
すぐ横に見晴らし所へ向かえる階段があったんで、登ってみることに決定!!
 
 
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階段の中ごろから見た、二見茶屋の2階です。
ここで食事をしながら景色を見たっていう人も過去に多かったのでは?
 
その後も階段を突き進むものの、
この日はまだ夏の真っただ中、短パンだった事と、
やぶ蚊が飛んでた事、ご覧の通りの雑草生え放題のケモノ道なため、
悲しいかな、断念しましたが。。。。。。。
リタイヤした場所からの風景がすでに絶景でした。
 
 
 
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これだけの絶景。この茶屋ももったいない気がしてなりません。
 
 
ではでは~
 
 
 
さときゅう
 
 
 
*ユーチューブ投稿元のwyks48様に心から感謝いたします。
素晴らしい景色の動画ありがとうございます。

第395回!!あるじなきものたち(その2)のと鉄道能登線=鵜飼駅

 
 
♪ふるさとへ向かう最終に~
 乗れる人は急ぎなさいと~
 優しい~
 優しい~声の駅長が~
 街中に~ぃぃぃさけぶ~
 
 ふりむ~けぶぁぁぁぁ空色ぬぉおおお汽車はぁぁぁ。。。
 
 
 ってなわけでして。。。
 
 
 
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あるじなきものたちのコーナー(第2回目)です。
 
 
前回に引き続きまして廃線となったのと鉄道、
今回は珠洲市宝立町の中心部にある、鵜飼駅をお送りいたします。
http://blogs.yahoo.co.jp/satokyu2006/63934808.html ←前回の記事(能登線蛸島駅)です。
 
 
宝立町は60年前まで自治体として存在していたらしく、
珠洲市と合併後は、珠洲市宝立町になっています。
 
 
鵜飼というのは地名で、同地に鵜飼川という川も流れていますが、
鵜を飼っていたのかどうかは分からずじまいでした(笑)
 
 
駅舎には永い間ありがとう。。。珠洲実業高等学校とあるのですが。。。
悲しいかな、撮影当日(平成24年8月28日)時点で、
まるでこの駅の後を追うように、既にこの高校も閉校されていました。
 
 
ネットで調べたところ、統廃合が原因との事。
自治体としてやむを得ない判断だったのかもしれません。
 
 
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駅の裏側です。
 
現在では、駅舎前にバス停があるため、
待合室兼、休憩所といった感じで利用されているようで、
撮影時にも、おばあちゃん2人組が楽しくくつろいいでました。
 
話しかけられたので、話が聞ければと思ったものの、
この日は風景印9印、廃駅7駅を回るかなりの強行軍でして、
焦っていて写真を撮るなり、挨拶して急いで出発してしまった有様です。
 
今となっては、ちと後悔です。
 
 
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ホームです。
鵜飼駅はホームが2つあり、
のと鉄道の廃線区間では行き来ができる大きなホーム。
 
駅舎もご覧の通りで立派で、現役時の拠点ぶりが伺えます。
 
 
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レールが撤去されているものの、
跡地利用がされていないことから、面影十分です。
 
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長椅子や、案内時の拡声器(?)なんかも残されているようで、当時を思わせます。
 
 
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旧鵜飼駅前です。北陸鉄道のバスが、発車待ちをしています。
待合室のばあちゃん2人組もきっと、このバスを待ってたんでしょう。
 
 
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寂しげに佇む、駅の待合室ですが、のと鉄道ではここ鵜飼駅の他にも、
廃駅そのものが道の駅として復活を遂げた珠洲駅や輪島駅。
観光スポットとして、意図的に残されている恋路駅や松波駅、
バス待合所として今も転用利用されている三井(みい)駅や七見(しちみ)駅があり、
今後また、記事にしてゆきます。
 
 
本日も、当ブログをご覧頂きまして、
誠にありがとうございます。
 
ではでは~
 
 
 
さときゅう
 
 
 
     *ユーチューブ投稿元のricky09252001様に心から感謝いたします。
 
 
 

第394回!!あるじなきものたち(その1)のと鉄道能登線=蛸島駅

 
あるじなきものたちのコーナーです。
 
 
かなり前から予告をしていた新書庫なのですが、
いろいろとあって、スタートが遅れてしまいました。
 
 
当ブログの看板書庫となりうるよう、今後とも頑張ってまいります。
 
 
 
いろいろと放浪の旅をしていますと、
各地で旧道や、廃道、バブル期の忘れ物、看板、標識、
また、人の往来のない駅等に偶然遭遇することがあり、
それらの中には、記憶から忘れ去られているものも多々散見されることから、
形あるものが土へと帰るその過程に、その存在を何らかの形で記事として刻もうという趣旨から、
そういった偶然発見したものをジャンルは問わずアップしてゆこうという書庫です。


既に、過去の旅の時から撮っているものも多くあるため、
(西日本車中泊の旅、その他諸々)
序々に記事にしてゆこうと思っておりますが、
いかんせん、諸般に配慮して限定記事になるものも多くなることをご了承願います。
 
*限定記事にはしないよう心がけますが、いかんせんせざるをえないものもあります。
 その際その記事は誠に勝手ながら、ブログリンク等登録が必要となってしまいます。
  
 
 
記念すべき本日第一回目は、
のと鉄道能登線をお送りさせていただきます。
(誠に勝手ながら、じっくりと取材いたしました)
 
 
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 ↑操業時の、在りし日の能登線です。
 
 
 
のと鉄道能登線は、もともとは旧国鉄になります。
開業当時から既に赤字路線として意識されていたものの、
地域の足として愛され、能登半島穴水~珠洲市にある蛸島(たこじま)間61キロ区間をゆく、
まさに、奥能登を支えた交通機関でした。
 
 
しかしながら、国鉄は民営化されJR西日本となり、
当然のことながら、民間企業となったJRは経営の合理化を求められ、
赤字路線は切り離す社策を打ち出してゆく中で、
悲しいかな、能登線はその標的となってしまい、
それを受けて石川県が鉄道存続を意識し誕生したのが、
第三セクターによる、のと鉄道でした。
 
 
しかし、1987年に設立されたのと鉄道も、
慢性的な赤字を抱える状況を維持できなくなり、2001年には七尾線の穴水~輪島区間を廃線に、
また、さらには2005年の4月に能登線を全線廃線にしてしまい、
事実上、今現在残されている区間は七尾線の穴水~和倉温泉間33キロとなってしまいました。
 
 
そのため、今回の記事においては、
失われたあるじ、すなわちJR西日本及び、のと鉄道になります。
 
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愛車ワゴンRにて去年訪問しました、のと鉄道能登線の蛸島駅です。
廃線後8年が過ぎた今も駅舎は残っていましたが、レールは撤去されていました。
 
蛸島駅は奥能登の一番奥。
ちょうど先端あたりから4キロほどに位置する駅で、能登線の終着駅でした。
 
珠洲市の市街である飯田よりも5キロほど西にある集落です。
 
珠洲市も今では本州で最も人口の少ない都市とまで言われてはおりますが、
観光による盛り返しに精力的であり、
能登が世界農業遺産に選ばれた経緯、また残された原風景を見ても、
逆転の機会はまだ多く残されています。
 
 
 
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ホームにて残る枯葉が哀愁を誘いますが、こうやって時を経て土へと帰ってゆくのでしょう。
 
 
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放置自転車?が数台あった駅の裏側です。
管理されていないのか、雑草が生い茂っています。
 
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反対側のホームですが、なにやら物が置かれています。
屋根の板も飛んでいっちゃいました。
 
 
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駅舎は鍵がかけられていて、既に中へは入れない状況だったのですが、
蛸島駅の駅舎の中をガラス越しに撮影してみました。
(平成24年8月28日撮影)
中には操業当時の懐かしい写真や、地域の景色等、
ギャラリー風に展示されていました。
 
切符の自販機もそのまま残されているのですが。。。。
もう買えないようです。。。
 
*動画は、旧国鉄時代の蛸島駅を撮影されたものですが、旧金沢駅舎も写っています。
旧金沢駅舎は、現新潟駅万代口と似た建造物であり、極めて親近感を感じていました。
1981年に撮影された極めて貴重な動画です。
是非ご高覧下さい。
 
 
 
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                 今回からスタートいたしました、当書庫。
             何卒宜しくお願いいたします!!
 
                               
 
                             ではでは~
 
 
                              さときゅう
 
 
    
     *ユーチューブ投稿元のdtmagicttr様に心から感謝いたします。

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