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第613回!!傷痍軍人と外人(昭和20年代前半撮影)




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戦後の風景(カラー)です。


写真は昭和20年代前半にGHQが撮影したもので、場所は東京です。


横でマスクをしているのは、生活のため募金を募る傷痍軍人さんで、
横にいる外国人夫妻はおそらく、進駐軍の関係者でしょう。


傷痍軍人(しょういぐんじん)とは、愚かな国策により戦争に参戦せざるを得なくなった軍人さんで、
戦地にて負傷し、その後障害が残って思うように働けなくなった人も多くいますが、
中には、楽器やなんらかの興行をして生計を立てたり、
各地を旅して募金を募ったりして命からがら生計を立てた人も多くいて、
若き日の漫画家水木しげるさんもその一人。


戦地で片腕を失った水木氏は、
漫画家として食べて往けなかった頃、各地を旅して募金を募った事もあったとか。
みんな、食って行くには泥臭く歩まねばならなかった時代。
坂口安吾の堕落論が注目されてたこのご時世。


その後、水木先生は残された片腕で奇跡の妖怪人生を歩まれますが・・。


まさに、苦難の時代です。
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第484回!!花見での余興(昭和26年撮影)

 
 
 
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戦後の風景のコーナーです。
 
 
この写真は、GHQが昭和26年に東京御苑にて撮影したものだそうです。
 
 
昭和26年といえば、
サンフランシスコ講和条約が結ばれた年で(翌年発効)、
日本が独立を果たした年なので、
GHQの将校もそろそろご用済みで、のんびり観光でもしてたんでしょうか。
 
 
ええと、これは日本舞踊なんだろうか、
酒の合間の一発芸には見えないし、この人だかり。。
 
 
ただ、この当時日本国内にカラー写真は皆無であったことから、
貴重な資料になっているそうです。
 
 
それはおいといて。。
今日の選挙。投票率は戦後最低なんだとか。
選ばれてなったという気がしない与党。
 
ほんと、野党が弱すぎる。
政治の話はあまりしたくないのですが、
 
与党は圧勝というけれど、非正規労働者間では、
あきらかにおたくらに投票していない人は多いのだし、
勝った事に溺れず、
どうして北海道と沖縄で惨敗、苦戦したのか、
念頭に置いて政治してくれないかなと思うばかりです。
 
 
たぶん、奴らには届かないのでしょうが。。。(汗)

第453回!!ジープに群がる子(昭和20年代前半撮影)

 
 
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戦後の風景のコーナーです。
 
 
これはGHQが撮影したとされる写真なのですが、
ジープに乗ってきた進駐軍に近づくと、
気のいい外人兵士ならお菓子や甘いものをくれ、
その逆だったら何もくれないし、げんこつが飛んできたことがあったとかなかったとか。
 
 
よく親や先生から聞いた逸話なんですが、
こうやってカラー写真で見てみると想像力が膨らみます。
 
 
当時だったら、そもそもジープ自体が日本になかったかも。。。
 
 
 

8月6日(1)

今日は、広島に原爆が投下された日です。
もう、夜中になってしまいましたが、今年は原子力発電所の事故も重なり、
なんだか例年よりも複雑な感情でニュースを見ていました。
 
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↑広島市の広島城の展示ブースで見た、在りし日の原爆ドームです。
元々は産業奨励館として利用されていた建物でした。
 
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↑広島へ行ったのは昨年の11月中旬でしたが、修学旅行者や外国人観光客が多かったです。
テレビで見ているだけでは伝わらない強烈な迫力がありました。
一瞬にして4階建ての巨大建造物を骨だけにしてしまう残酷さ、戦争が生み出した悪夢です。
 
実は、これは新潟では有名な話ですが、
広島に原爆が投下された同時期に、新潟市も投下される予定でした。
しかし、新潟市側は事前に原爆投下候補に上がっている事を市民に通達。
全市民集団避難で市内は無人状態となっており、また天候も悪く投下されなかったという経緯があります。
 
 
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↑原爆ドームを挟んで大田川があり、一帯は平和祈念公園となっており、
その向かいには、市民球団(広島カープ)の古巣であった市民球場があります。
 
現在の広島市は中国地方最大の大都市で、原爆ドーム周辺以外からは、
過去の惨劇をうかがい知れる物は無いように感じました。
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↑夜の原爆ドームです。ライトアップされています。
 
二度とあのような惨劇を繰り返してはならぬとの祈念から市民活動で残され、
その輪が世界に伝わって世界遺産となったわけですが、
形を変えて放射能というものの恐ろしさをまたしても身近にしてしまった悲劇。。。
 
テレビで見ていて、考えさせられました。。。

第270回!!終戦後占領下の沖縄(昭和20年代中期撮影)

 
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戦後の風景のコーナーです。
(うっかりと忘れておりまして。。。久しぶりの更新となりました)
 
GHQ(占領軍)が終戦間もない頃、カラーフィルムにて日本の風景を写した写真ですが、
沖縄を写した写真は多くは現存していないらしく、極めて貴重な資料なのだそうです。
 
写されている街の風景は、主に(現)那覇市です。
 
どっちの県民ショーを毎週見ていると、沖縄の文化や地域性は独特で面白いのですが、
終戦間もない頃の沖縄は、やはり国内で唯一本土上陸された悲劇の地であり、
それどころか終戦後27年間アメリカの領土にされてしまった事もあり、
失意のどん底ではなかっただろうかと思っていました。
 
そんなイメージも強かったのですが、
ここに映る沖縄の暮らしの風景は、復興へのパワーが感じられます。
 
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↑これは相当な重さでは。。。。。
 
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↑頭の上になにやら乗っけているにも関わらず、両手もふさがれています。。。。
しかも余裕の表情。。。。
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↑建造物は戦争で破壊され尽くした中で、開かれている青空市場。。。。。
 
 
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↑平和通りとあります。
那覇市では国際通りと並ぶメインストリートでしょうか。。。。

第210回!!進駐軍のジープ(昭和21年、GHQ撮影)

 
久しぶりの更新となります。戦後の風景のお時間です。
極めて珍しい写真なのですが、昭和21年撮影と思われる、GHQ撮影の写真です。
 
子供の頃、先生や親から聞いた話によると、
進駐軍の兵士でも、親切な者と意地悪なものがいて、
親切な兵士のジープに群がるとお菓子とか玩具をくれる事があったらしく、
それを見分けるのが面白かったらしいです。
 
 
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第188回!沖縄1946(昭和21年GHQ撮影)

 
戦後の風景です。今回は、沖縄です。
沖縄は第2次世界大戦でアメリカ軍に上陸され、日本で唯一本土戦となり、
敗戦後はアメリカの領土となって、昭和47年までの27年間、アメリカの領土となるわけですが、
その当時の貴重なカラー写真です。
 
 
写真上2枚は那覇市の国際通りと平和通り(那覇市のメインストリートらしいです)、
後の3枚は生活風景として、沖縄の人々は何でも頭の上に乗せて運搬すると紹介されています。
 
 
あと、今回写真はアップしませんでしたが、この当時の沖縄のおばあちゃんは、
なにやら手のあちこちに真っ黒い楕円形の入れ墨を数箇所入れた人が多く、
解説には、一部そういった習慣があり。。。。。とあります。
もしかしたら、琉球王朝時代からの名残なのかもしれません。
 
 
置かれている状況が状況なだけに、みんな必死であまり笑顔が見られないものの、
生活は徐々に戻ってきているように写っています。
 
 
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第187回!人力車(昭和21年、GHQ撮影)

おはようございます。
寒暖の差が極めて激しい状況で、今日は体調を崩してしまい、会社を休みつつも。。。。。
ブログは朝から全力投球です(笑)
頭痛いだけなら良かったんですが、久々にアレルギーの寒冷ジンマシンが出てしまいやして。
皆様、体調管理にはくれぐれもご注意ください!
 
さてさてー。
久しぶりになりました。戦後の風景の書庫です。
2年振りくらいかの更新になります。今後少しづつ更新して行きます。
ゆっくりと時間のあるときにでも、是非ご覧になっていってください。。。。
 
レトロ写真館の書庫と、戦後の風景の書庫の違いなのですが、
戦後の風景の書庫にある写真は、全てGHQが写した日本の風景となっており、
昭和20~25年に撮影された写真がほとんどなのですが、その大部分がカラー写真なのです。
 
当時、日本の国産ではまだカラーフィルムは一般に出回っていなかったため、
極めて貴重な資料であると思われます。
楽しんでってくださいねー。
(と、いいつつも、今回はあまり楽しくはない写真なのですが。。。)
 
この写真のタイトルは、”人力車に乗った写真”、になっています。
おそらく写真そのものにタイトルはなく、後付けで付けたんだと思います。
 
見る方、見る世代の方によっては、たいへん屈辱的な写真に見えるかもしれませんです。
けど、今の日本を見た上でこの写真を見直して見ると、逆に感慨深いものが見えてくるかもしれません。
 
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海苔作り(昭和20年代後半撮影)

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久々の、戦後の風景シリーズです。
今回も、GHQ撮影のもので、
前回の岩海苔取りの続編のつもりはなかったのですが、、、、海苔作りです。




当然ながら、この頃は機械化が進んでいなかったと思われるので、
100円ショップに味付け海苔が出回る今の時代とは、
海苔の価値も格段に違ったと思われます。




一枚一枚手ですいて、
まるで、高級な和紙作りの様な、段取りです。

岩海苔取り(昭和20年代前半撮影)

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またまた、レトロ写真館です。


今回も進駐軍撮影の、
昭和20年代のカラー写真です。



今度はアサリではなく、
岩海苔取りなんですが、
ご両人とも、満面の笑みを浮かべております。



姉妹でしょーか?



昔、よく叔父さんが日本海の荒海(といっても、新潟市日和浜ですが、笑)
にて、岩海苔とってはくれたので、味噌汁に岩海苔がよく浮いてました。



大人になってわかったんすが、
コレが案外高級品だったなんて、、、。



やはり、手間暇がかかってるからなのかもしれないです。

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