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第721回!!一刀入魂(昭和30年代撮影)






レトロ写真館です。

新春第一弾のレトロ写真館は、これはめでたい棟方志功です。
(思い付いたら、またちょくちょく更新します)


くどいようですが・・・・・変なおじさんではありません(笑)






志功は若年期に眼病を患い、
不遇時代を経て、世界のムナカタと呼ばれる頃にはもう左目は失明しており、
右目も極度の近眼であった事から、創作風景はいつもこのような状況で、
板に顔をくっつけるような、腰に負担がかかりまくっているような格好で、
まるで暴走機関車の如く、一度走り出したら休む事も忘れ走り続けます。





また棟方は、下準備をほとんどせず、
思い浮かんだその作品を板にぶつけるかのような形で、
なにやら板と格闘しているような感じで創作します。






また棟方は生涯、モデルを一度も雇わなかった(依頼しなかった)といいます。
棟方の作品は多種多様に渡るのですが、
中には大首画と呼ばれる美人画の他、裸婦などもあるのですが、
ほぼ全てモデルとなる人物は実在していません。

これは、棟方自身が極度の近眼だったこともあるといいますが、
著書では、よく見えないし、心の中の美を描くからモデルなどいらないといった趣旨が語られています。





また、道具にあまりこだわらなかった事でも知られています。
著書では、子供が使うような彫刻刀でも充分だ・・・と語っている部分が見受けられます。
何を用いて造ったかではなく、何を思って造ったか・・・ということでしょうか?


そこに棟方志功の真骨頂があるのかもしれません。


動画を拝借いたしましたんで、是非!!


ではでは~。




*ユーチューブ投稿元のWithV35SKYLINE 様に心から感謝いたします。


*ユーチューブ投稿元のWithV35SKYLINE 様に心から感謝いたします。

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第636回!!ガッツポーズ(昭和30年代撮影)



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レトロ写真館です。



先日に引き続きまして、棟方志功です。
作品が出来上がって気分が良かったのか、これがいつものキャラなのか(笑)
両手を挙げての大喜びです。



後年の棟方志功はほんと、喜怒哀楽に富んでいたと思います。
既に故人ではありますが、見ていてひじょうに面白いです。



第632回!!こけしの絵付けをする棟方志功(昭和30年代撮影)




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レトロ写真館です。


久々の、棟方志功画伯ネタです(笑)



棟方志功は、版画(棟方氏曰く、板画)以外にも興味があれば創作しました。
油絵、書、水彩画、凧絵、大首画、なんかも多数残されています。



北陸新幹線が開通した影響で、
北陸の観光地の中でも特にミュージアムは常設展をリニューアルしたりと活発になってるんですが、
中でも福光美術館が大幅リニューアルして面白くなってました。


棟方志功の作品は、個人的にはここ20年来かなりのツボでして、
見ているだけで、凹んでいた時とかやる気がみなぎるような、そんな何かを感じます。


てなわけで、あくまで個人的になんすが、
南砺は北陸では数少ない、独特な名所となっております。
年に数回行く場所なんですが、おいおい記事にしようかななんて思っております。
(なんだか、予告編ばっかりになってきましたが・・・・・汗)


話し戻しまして、
写真は棟方志功がこけしの絵付けをしている模様で、
土門拳撮影によるものです。


工芸品の絵付けをする写真は珍しいかと思います。



ではでは~。


*ユーチューブ投稿元のtomoharu narita 様に心から感謝いたします。

第426回!!泣く棟方志功(昭和45年撮影)

 
 
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レトロ写真館です。
 
 
 
棟方志功が泣いている、おそらく他にはないショットかと思われます。
(昭和45年=飯窪敏彦氏撮影によるものです)
 
 
 
晩年の志功は、若い頃にも増して制作意欲が高かったとされ、
数々の受賞をしていますが、
この写真はおそらく、青森名誉市民第一号に輝いた翌年の、
文化勲章受章の時のものと思われます。
 
 
 
志功の写っている写真の10中8、9は満面の笑みなだけに、
珍しい一枚。
感情豊かな棟方画伯を見ることができます。
 
 
 
また、ユーチューブでものすごいレアなものを発見しました!!
 
棟方志功が東海道53次に挑むというニュース映像です。
(実は晩年の山下清も東海道53次に挑んでおり、制作中に他界しています)
車があぜ道でハマって、夫婦2人で歩いて帰る所なんか、味があります。
 
 
いつもながらにごり押しっぽい記事でスンマセン(笑)
 
楽しい動画なんで、ファンでない方も是非!!ご覧ください!!
 
 
ではでは~
 
 
さときゅう
 
 
http://blogs.yahoo.co.jp/satokyu2006/39886745.html ←以前書いた、棟方志功画伯の記事です。
http://blogs.yahoo.co.jp/satokyu2006/56239036.html←志功の代表作、二菩薩釈迦十大弟子です。
http://blogs.yahoo.co.jp/satokyu2006/63484103.html ←晩年の棟方志功夫妻の味のある写真です。
 
 
 
 
*ユーチューブ投稿元のcityemini1000様に心から感謝いたします。

第352回!!晩年の棟方志功(昭和42年~47年撮影)

 
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レトロ写真館です。
 
本日の4枚なのですが、棟方志功晩年の4枚の写真です。
(土門拳、濱田益水両氏による撮影の写真です)
http://blogs.yahoo.co.jp/satokyu2006/39886745.html ←以前書いた、棟方志功画伯の記事です。
http://blogs.yahoo.co.jp/satokyu2006/56239036.html←志功の代表作、二菩薩釈迦十大弟子です。
 
 
とくに、写真家の土門拳とは長い交友関係が有り、
土門氏の写した写真は群を抜いて多いようです。
 
 
晩年の写真のほとんどは、屈託のない会心の笑みをたたえる写真が多く、
どれも楽しそうなのが特徴なのですが、
意外なことに、若い頃の志功を写した写真には笑っているものは少ないです。
 
 
↑は、50年余りの画業を認められ文化勲章を受賞した際の1枚です。
 
 
イメージ 2
 
志功は、大のベートーベンのファンを公言しており、
第九を大声で口ずさみながら板画に向かっている時が、一番最高のコンディションだったといいます。
 
 
イメージ 4
 
 
文化勲章受章後の1枚。かなり味のある一枚です。
 
 
おしどり夫婦と言われる棟方夫妻にも面白いエピソードが多く、
第二次世界大戦中の、富山県福光町(現南砺市)での疎開時代(1945~1952年の7年間)の逸話は多く、
玄関に集金の人が来た時、チヤ夫人は。。。
ただ今喧嘩中ですので、少々お待ちください!!
と集金のおっちゃんに言って玄関に待たせたまま、夫婦喧嘩を繰り広げたとか。
 
 
福光時代のエピソードは数え切れないほど有ります。
富山にて家を借りる際に、落書き好きだった志功は、落書きはしませんとの誓約書を書かされ、
疎開時には、急激な食糧難で食うに困り、近所の子供を集めて食べ物をあげると言って、
紙に書いた魚の絵を配ったり、
当時住んでた家では(愛染館として、富山県福光町に現存拝観可能)、
トイレから床の間、箪笥の引き出しから、神棚の裏に至るまで落書きだらけ。。。。。
 
 
 
まだまだあるのですが。。。。。この話は置いといて。。。(笑)
 
イメージ 3
 
板画の才能もさることながら、
その人柄や人間性の面白さ、魅力も存分にある棟方志功画伯でした。
 
 
おもろいおっちゃんと言ったら失礼でしょうが。。。(笑)
 
 
動画も是非ご覧下さい!!
 
 
ではでは~。。。
 
 
さときゅう
 
 
*ユーチューブ投稿元のfreebudo様に心から感謝いたします。
 
 
*ユーチューブ投稿元のmachilogmovie(青森市、街ログ)様に心から感謝いたします。

棟方志功記念館 - 地域情報動画サイト 街ログ

                                    
 

青森ねぶたの作(棟方志功)

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迫力のある青森ねぶたの板画です。


棟方は幼少より、凧絵、とくにねぶたの影響を強く受けており、板画の多くにその要素がでております。


これらに、東北独特の粘り強さ、風土、地域性をにじませ、迫力ある作品に仕上げています。


画面から出てきそうな迫力や躍動感のある作品です。

二菩薩釈迦十大弟子(昭和14年、棟方志功)

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棟方の最高傑作にして、最大の大作、
二菩薩釈迦十大弟子です。


製作されたのは昭和14年で、
まだ、棟方夫妻が東京にいたときの作品です。


この作品には伝説が多く、
製作を決意したのは1年前の昭和13年。
十大弟子のための人物像をその間、
数百枚、何千枚と書いていたという凄さ。


そして、イメージが整うまで1年後、
板木に向かうや否や、猛スピードで完成させたという、速さ。


しかし、残念ながら、十大弟子は妻のチヤの懸命な支え(地下に隠していたとのこと)により、
東京大空襲を逃れているものの、二菩薩は焼失しました。
(そのため、二菩薩は富山県福光町に疎開していた昭和24年に、棟方の手により、改刻)


この作品が16年の時を経た昭和29年と30年の2年連続で、
”世界のムナカタ”にならしめることになり、
ベネチア、サンパウロのビエンナーレにて、グランプリをもたらしたわけです。


当初は釈迦十大弟子の単品作品でしたが、
屏風にすることを構想し、
これに、二菩薩(文殊、普賢菩薩)が加わります。


見ていて度肝を抜くのは、一人ひとりの弟子の表情と、
記念館での説明を受け売りすると、
白と黒の絶対的対比が棟方の真骨頂だと言われています。


16年間も国内からの大きな評価がない中での、
世界からの檄賛。


棟方志功、してやったり、、、、、、です。



さときゅう

観聞頌(1975年、棟方志功)

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棟方志功最晩年の作品の一つ、
観聞頌(かんもんしょう)です。


観ることと、聞く事をつかさどる、
菩薩さまらしいです。


これは、”放送開始50周年記念”の記念切手になりました。


最晩年の棟方は、既にガンに蝕まれてのスタートで、
74年秋ごろから既に入院していたため、
病床で書き上げたと思われるのですが、
最晩年の作品の多いこと多いこと、、、、。


もはや、執念としか、、、、。

大観自在頌の柵(1974年、棟方志功)

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棟方志功、最晩年の作品の一つです。

大観自在頌の柵(だいかんじざいしょうのさく)
と言う作品です。


これは、昭和49年に八戸市より依頼があり、
棟方が八戸市公会堂の緞帳(ステージの垂れ幕のこと)用として作った作品で、
今でも使われています。

(このほかにも、数多くの緞帳を手がけています)


実はこの緞帳、見たことがあります。
10年前、
八戸市公会堂でえんぶり大会(八戸の郷土芸能)を見たとき、
これがあったわけです。


ド迫力でした。


まさか、晩年の作とは、、、、、、。


公会堂の開館時には、もはや棟方の病気(ガン)は進んでおり、
参加できなかった棟方は、スーパーのチラシを破り、
その裏側を使って、挨拶状を書いて送ったという、逸話があります。


晩年の作品は、ひときわパワーにあふれており、
最後の最後まで、板画人(棟方自身は、板極道と、、、、)
を貫いた感が多々あります。

不来方板画柵(昭和19~27年、棟方志功)

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不来方板画柵(こすがたはんがさく)
の紹介です。


ご覧の通りでして、
宮沢賢治の”雨ニモマケズ”
の板画です。


おそらく有名な話なんで、皆様ご存知かもしれんですが、
雨ニモマケズは、宮沢賢治の公式作品ではなく、
死後、手帳に書かれていた、いわば、彼の戒めみたいなものでした。


何故、棟方が不来方という題名にしたかと言いますと、
これはどうやら、盛岡の地名らしいのです。


賢治没後10年後からの作品で、
宮沢賢治と棟方志功は直接の交遊はなかったものの、
棟方が深い感慨を受けて、製作に至った経緯があります。


賢治は岩手をイーハトーブ(理想郷)と言い、
棟方は津軽を美しいと言っており、
両者共に地域に育まれた印象が強いのですが、
共通して言えるのは、
想像を絶する、忍耐力かも。


この作品には色々なエピソードがあり、
下絵をしっかりと描かないで彫ってしまうため、
何回か文言が抜けており、
2回書き直しているため、
この柵は、実は3バージョンあるのですが、
今回写真にあるものは、宮沢賢治記念館にて見たもの、
(恐らく戦後の作品)になってます。



棟方は”ソシテワスレズ”に一行を描き忘れましてね~。
と、笑い話で回想した事も。

いやぁ、昔、小学校の頃、
授業で暗唱したのを覚えています。


個人的に、印象に残った作品だったので、
記事にしました。

宮沢賢治の原文を追記しておきます。


雨ニモマケズ

      宮沢賢治


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテイル

一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキ小屋ニイテ

東ニ病気ノ子供アレバ
行ツテ看病シテヤリ

西ニ疲レタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニソウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ


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