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第202回!!ゲゲゲの女房(昭和32年撮影)

 
レトロ写真館です。
 
今回は、気合を入れまして、リアル版ゲゲゲの女房です!!
(鳥取県境港市の水木しげる記念館にて販売されている水木しげる公式ガイドマップ抜粋です。。)
 
ドラマのゲゲゲの女房では、ようやく貧乏から脱し、講談社に認められテレビ化にこぎつけるという、
一番いい頃の話へとようやく入ってきておりますが、
水木さんほど認められるまでに時間がかかり、散々言われて苦労した漫画家は、そういないと思います。
 
 
 
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↑水木夫妻の結婚写真です。右はゲゲゲの女房こと、布枝さんです。
 
水木さんは復員後、紙芝居作家になるわけですが、昭和30年代初頭になると、
折りしもテレビがブームとなり、紙芝居業界は壊滅的となります。
 
そこで、貸し漫画(貸本漫画)作家として暖簾換えをします。
もともと水木さんは画学生だったため、
紙芝居から漫画に転向することはそんなに苦ではなかったのかもしれません。
 
むしろ、苦戦を強いられたのは、
水木さんの強烈な個性(妖怪を題材)が受け入れられないこととの闘いでした。
(にもかかわらず、あの暮らしはあの暮らしで充実していたと言い切れる、すごい人だったりします)
 
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水木さんが結婚したのは、貸本作家だった頃で、
この頃の貸本業界は危うい中小出版会社がひしめきあっており、
原稿料が入ってこないことなんかざらで、水木夫妻は質屋に連続入りびたり、
八百屋で腐る寸前のバナナを買うのが習慣だったとか、
ひと月に5日間は絶食状態の日があったとか、
貧乏を楽しむという次元では語れない、つらい日々が続いたといいます。
 
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       ↑昭和32年に撮影した、水木さんのお見合い写真だそうです。
       布枝さんとは、見合いから10日後に結婚。
       伝説だらけの水木夫妻です。
 
 
       布枝さんのインタビューと、水木さんの取材のドキュメンタリーをこの間見たんですが、
       水木さんの妖怪漫画に対する無名時代のバッシングは強烈なものがあったらしく、
       それにみもめげず、信念に向かって突進してゆく姿が凄かったと布枝さんは言っていました。
 
 
       ゲゲゲの女房のドラマの貧乏ぶりも強烈でしたが、現実にはもっと凄かったらしいです。
 
       (つづく。。。。。。。)
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第198回!!水木しげる炸裂!

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↑某雑誌の記事からです。
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↑でっかい鬼太郎下駄が目印の、下駄屋さんです。
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↑鬼太郎ラーメン(食べることが出来なかったですが。。。。。)
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こんにちは。


実は、仕事中なのですが、外回りにてお客さん待ちなので、
ちゃっかりと携帯にて更新いたします。


今回は、水木しげるの名ゼリフと参ります(笑)


本当に幸せな人は
幸せとは何かなど考えない
幸せなど追いかけてはいけない!
 
 by水木しげる
 
 
↓境港駅と、駅前のモニュメントです
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             ↓
水木先生の仕事場&鬼太郎です
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今回はホラーシリーズではありませんので、
皆様写真を見てスルーなさりませぬようおねげえいたしまする(笑)


久々の炸裂シリーズなんですが、
今回は尊敬する水木先生ネタです。


いま、ゲゲゲの女房が放送中なんで、
時期的にもいいんでないかなあと思い記事にしました。


実は、妖怪とか深くは分からないんですが、
水木先生の生き方があまりにも愉快痛快であるため興味が沸いて、
境港にも二度ほど旅したことがあるんですが、
町中が妖怪だらけ。


巡回している婦警さんは猫娘の被りものをするまでの徹底振りで、
町中に妖怪のモニュメントやパネルが張り巡らされ、
恐らく、水木先生は商店街の人たちに安い著作権料しかとらなかったのか、
ほぼ全ての店で妖怪関連の商品が並び、公共施設から駅に至るまで妖怪で、
妖怪ロードをくぐって初めて辿り着く水木しげる記念館がこれまた妖怪たちのワンダーランド。


自らも妖怪であるといい意味でうそぶく水木先生の,
いい味が存分に堪能できる町なのです(笑)


話が脱線したんですが。。。。。
 
 
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ならば水木先生の人生は楽しくお気楽かと言うと、
むしろ地獄だった感があるのです。


第二次世界大戦時に、
戦地にて玉砕を言い渡されて命からがら生き残ったかと思われたら,
爆弾で片手を吹っ飛ばされ、挙げ句の果てに伝染病で生死を迷う中、
原住民に救われ、この間の経験と夢などから妖怪に興味をもったといいます。



貸本屋(今で言う漫画のレンタル)向けの漫画家からのスタートで,
不遇時代が長く、実のところはとんでもない貧乏生活を長期間の間強いられ、
苦労人であるはずなのに、その逆境を苦にするどころか楽しんでしまっている。
それどころか、苦楽を供にした奥さん(ゲゲゲの女房の主役)まで、
幸せだったとしみじみ語っておられる。


それどころか、仕事は楽しいと言い切り、
さらには漫画家として後輩の手塚治虫や石の森章太郎は徹夜してまで漫画を描き続けたけど,
僕はそれをしないから長生きできたし、
これからも無理しないと言い切る。


水木しげる恐るべしと思うのは、育ちや環境はまったく違うものの、
難しく言いますと哲学とでも言いましょうか、
伝えたいことがどこか岡本太郎画伯と似ていて重なることと、
その柔軟性に驚かされます。


最近、菅直人首相の奇兵隊内閣というネーミングで気が付いたのですが、
高杉晋作も辞世の句で似たような事を言っています。


人生楽しむのがもっとも大事であって,
幸せになるか考えだしたら幸せになんかなれねえんだよ。。。。
 
と言う点で一致していておもしろいのです。


さときゅう

鬼太郎妖怪電車(鳥取県境港市)

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前回は”うそば”でしたが、
今回は妖怪電車です。


街ぐるみで”妖怪”です。
これはまだまだ、その一部、、、、、いや、
その入り口にも入っていませんです(笑)


猫娘号に、目玉の親父号、
停車駅は、座敷わらし駅を撮りました。


実際の駅に妖怪の名前をつけて、
米子と境港駅は0番線(霊番線)からの乗車となります。


ちなみに、
米子駅は”ネズミ男駅”
境港駅は”鬼太郎駅”です。
(おいおい記事にしていきます)



またしても、新書庫になりますが、
妖怪道中記、、、、の新書庫設けました(笑)
境港で撮った写真があまりにも多いもので、、、、、(汗)


あなたの知らない世界です。

新倉イワオもビックリです。


おいおい、水木先生の激動すぎる半生(今もご健在ですが、、、)
にも触れていこうかな、、、、と思ってます。

境港!ゲゲゲの鬼太郎ロード

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 以前、鳥取の境港という街を旅していて、偶然見つけてしまったのが、なんと、
”鬼太郎ロード”!街の全てが妖怪一色で、銅像しめて100体以上!
しかも、土産物屋さんはみんな妖怪グッズ。


土日だったためか、鬼太郎とネズミ小僧、猫娘が街を練り歩き、
メインストリートを抜けると、水木しげる記念館があるが、ここもまた幻想的!
妖怪興味ない私でも童心に還り、楽しめて、モトとれました。


もはやこの街は、妖怪の街です。ホントに楽しいので、皆様も、是非!
(ちなみに写真は、水木ロード郵便局。風景印ももらえちゃいます)

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